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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)527号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小川秀一、同上野宏の上告理由第二点について

原審は、上告人の本件農協取引契約及び消費貸借契約(以下「本件各契約」という。)についての表見代理の主張を民法一一二条及び一一〇条に基づく各表見代理の主張にとどまるとの前提のもとに、前者の主張については、被上告人がその夫である訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)に本件各契約を締結するための代理権を授与した事実は認められないとの理由で排斥し、後者の主張については、上告人が、本件各契約を締結するにあたり、太郎に被上告人を代理する権限があると信じたとしても、本件各契約締結に至るまでの経緯及び上告人が金融機関であることを考慮すると、上告人としては、本件各契約締結に際し、被上告人に対し、太郎に代理権を授与したかどうかを確認すべきであり、この確認をするについてはさしたる障害がなかつたにもかかわらずこれを怠つたのであるから、上告人が右のように信じたことにつき正当の理由があつたとはいえず、その余の点について判断するまでもなく理由がないとして、排斥している。

しかしながら、記録によると、上告人は、原審において、(一) 上告人は、被上告人の代理人と称する太郎と本件各契約を締結した、(二) 太郎は、本件各契約の締結前に、被上告人の実印を用いて被上告人名義で、上告人から八回にわたり金員を借り受け、七回にわたり前渡金を受領し、上告人に対する被上告人名義の普通貯金から三一五回にわたり払戻又は引落決済を受け、かつ、三回太郎名義の普通預金に振り替える等したが(以下、右各取引をまとめて「本件従前の取引」という。)、被上告人は、太郎に対し、上告人と本件従前の取引をするための代理権を与えていた、(三) 上告人は、(1) 太郎が本件各契約を締結するにあたり、被上告人の実印を持参して被上告人を代理して本件各契約を締結する権限を有する旨述べたこと、(2) 太郎と被上告人とは夫婦であること、(3) 太郎が被上告人の代理人として本件従前の取引をしていたこと等から、太郎が、被上告人を代理して本件各契約を締結するための代理権を有するものと信じたのであり、かつ、そう信じたことにつき正当の理由がある、(四) したがつて、被上告人は上告人に対し、本件各契約につき本人としての責任を負うものというべきである、と主張していたことが明らかであり、右主張は、民法一一〇条及び一一二条の競合適用に基づく表見代理と解すべきである。そして、右(二)の事実が認められるときには、この表見代理の要件の一つである基本代理権があるか、若しくは、あつたこととなり、さらには、原審が本件各契約の締結に至るまでの経緯として認定している事情を考えれば、上告人が金融機関であることを考慮しても、なお、上告人が本件各契約を締結するに際し、被上告人に対しこれらを締結するための代理権を太郎に授与したかどうかを改めて確認すべき義務があつたとはいえないから、上告人が太郎に被上告人を代理して本件各契約を締結するための代理権があると信ずるについて正当の理由があることとなるものというべきである。しかして、原判決が、前示の理由を判示することによつて、上告人主張にかかる民法一一〇条及び一一二条の競合適用に基づく表見代理の主張をも排斥しているものとは解されないから、前記(二)の事実の存在等右説示の点につき審理判断しなかつた原判決には、表見代理に関する法令の解釈の誤り、審理不尽、ひいては理由不備の違法のあることが明らかであるというべきである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件についてはさらに叙上の点について審理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

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